大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(う)2139号 判決

被告人 幸子こと杉浦コウ

〔抄 録〕

控訴趣意第一点について。

原判決は、その理由において、罪となるべき事実として、被告人は、千葉県知事の登録を受けず、かつ、法定の除外事由がないのにかかわらず、昭和二九年八月ごろから同三二年九月中旬ごろまでの間、肩書住居を店舖とし、あるいは、行商等の方法により、千葉県内において、伊藤朝枝ら不特定多数の者に対し、医薬品仙薬鷲水A(定価金三五〇円)、同B(定価金三九〇円)を合計二、〇〇〇本位販売し、もつて、医薬品の販売業を営んだものである旨の事実を認定判示しているところ、これに対して弁護人らの所論は、被告人は、右鷲水製造元である三鷲メデシン研究所(又は三鷲薬学研究所)の所長鷲東弘隆より、従業員販売部長の職名を与えられ、かつ、将来千葉方面に出張所を設けるときには、重役又は所長にもしようといわれ、同所の所員従業員としてその販売に従事したものであつて、この場合に、被告人を右研究所の配置員として従業させる許可は、同研究所が所管庁より受けるべきものであり、被告人には、その責任はない。かつ、被告人は、原判示のように自宅を店舖としたこともなく、又、行商によつて営業する等自前の営業をしたものでもなく、薬効を聞き伝えた者から、持参希望の注文があつた場合に、製造元の従業員配置員として、これを持参してやつたり、自宅まで来て交付を希望する者に、製造元の従業員としてこれを販売したに過ぎないものであるから、原判決には、以上の諸点につき事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張するのであるが、しかし、原判決の右判示事実は、所論の点をも含めてすべてその挙示する証拠によつてこれを肯認することができるのである。所論は、原判決挙示の証拠のうち、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中同人の供述として同人が行商をしたかのように記載されている部分は、当時警察において、武装警官による物々しい家宅捜索押収等の処分をなし、又、取調にあたり、行商でなければ鷲東と共犯になつて、罪が重くなるから、行商にしておけと誘導されたため、その旨を供述するに至つたものである旨主張するけれども、右の供述が所論のように司法警察員の誘導に基くものであることを窺うに足る資料は、記録上発見できないばかりでなく、記録並びに原審で取り調べた証拠物を精査検討してみても原判決に所論のような判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があることは認められないから、論旨は、理由がない。

同第二点について。

所論は、被告人が本件医薬品鷲水を販売するにあたつては、その製造元たる前掲三鷲メデシン研究所長鷲東弘隆より、従業員販売部長の職名を与えられ、製造元において被告人を配置員として許可を取つてやれるから、従業員として安心して販売を担当できる旨を聞かされ、これを信じて販売に従事して来たものであるから、たとえ、実際には許可がなく、被告人の行為が行政法規に違反するとしても、被告人には、罪を犯しているとの認識がなかつたものであつて、この点につき自然犯でない行政命令違反事件については、刑法総則の規定の適用は除外されるものであるから、本件は、この点において違法性阻却の原因があり、無罪である旨を主張する。よつて考察するに、原判決に事実誤認の認められないことは、既に第一点に対する判断において説示したとおりであつて、すなわち、被告人が、原判示のように、法定の除外事由(薬事法第二九条第一項但書の事由)がないのに、自分で千葉県知事の登録を受けずに本件医薬品鷲水の販売を反覆継続していた事実についての認識があつたことは、原判決挙示の証拠によつて十分にこれを認め得られるのであるから、被告人に本件違反罪の犯意があつたことは、明らかであるといわなければならない。所論は、ひつきよう、被告人は、自分の行為が薬事法第二九条第一項の規定に違反しているということは知らずに、差支えないことであると信じて本件の所為に出たものであるという趣旨に解されるのであるから、結局、法の不知に帰するものというべく、従つて、刑法第三八条第三項によつて犯意を阻却しないのである。この点につき所論は、本件のような自然犯でない行政命令違反事件については、刑法総則の規定である同法第三八条第三項の規定の適用は除外される旨主張するけれども、刑法第八条には、「本法ノ総則ハ他ノ法令ニ於テ刑ヲ定メタルモノニ亦之ヲ適用ス但其法令ニ特別ノ規定アルトキハ此限ニ在ラス」と規定してあつて、本件で問題となつている薬事法第五六条第一項が右刑法第八条にいわゆる「他ノ法令ニ於テ刑ヲ定メタルモノ」に該当することについては疑がなく、かつ、右薬事法には、刑法総則の規定たる同法第三八条第三項の規定の適用を除外する旨の特別の規定の存しないことは、明らかであるから、たとえ、被告人が本件につき罪を犯しているとの認識のなかつたことが所論のとおりであつたとしても、右刑法第三八条第三項の規定により、犯意を阻却しないものというべく、他に、所論のような違法性阻却の原因があることも認められないのであるから、この点の論旨も採るを得ない。

(中西 山田 鈴木)

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